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Jホラーの復習

 

1.はじめに

僕がいわゆるJホラー作品をはじめて観たのは1998年の『リング』の劇場公開だった。もともと原作を読んでいたため、心霊ホラーという意識はあまりなく、今にして思えば同時上映の『らせん』とともに、謎解きやサスペンスを期待していたような気がする。それに当時は映画自体を積極的に観ていなかったので、観た後も自分の中で感想を上手く位置づけが出来なかったけれど、それでも「らせん」とは違う、なにか奇妙な印象を受けたことだけは記憶している。 その翌年の夏、フジテレビの2時間ドラマとして放映された『降霊』を観て、こんな暗くて怖いホラーが存在することに衝撃を受ける(しかもプライムタイムに地上波で放送)。ここでようやく最近の日本のホラーが、自分が知っている夏の風物詩的な心霊再現ドラマやアメリカのホラー映画とは別物になっているのではないかと気になりはじめ、関連作品を片っ端から観るようになっていく。 といっても、当時はまだJホラーに関する情報が少なく、映画レビューサイトで良さそうな過去作をメモしては近所のレンタルビデオ店のはしごをくりかえし、トライ&エラーでなんとか全貌をつかむような状況だった(時期的にDVDへの移行前でまだ古いVHSが残っていたのは今にしてみればラッキーだった)。 その後も新作に期待したり、ルーツを遡ったりと自分なりに楽しんではいたけれど、2003年に劇場版『呪怨』が大ヒットしても、Jホラー全体をまとめた書籍が『ホラー映画の魅力』(小中千昭著/2003年刊)ぐらいしか出ていないことは不思議に思っていた。 そうこうするうちにJホラーブームも徐々に下火になっていき、このままではDVD化されていない作品が忘れ去られてしまうのではと勝手に危機感を覚え、自分の備忘録も兼ねたレビューブログ「幽霊ノート」を2006年にスタートさせる。そして、このブログがきっかけになり、2007年に「ほぼ日」でJホラーを紹介する短期連載「オリタくんのJホラーソムリエ」を書かせてもらうことになった。 きっとそのうちプロの映画評論家がJホラーを系統立てて書籍化してくれるだろうと思っていたので、ブログもほぼ日の連載も、素人が出しゃばることを躊躇しながら書いていたけれど、その心配は残念ながら杞憂に終わり、現在に至るまでJホラーの書籍が出ることはなく、一般的にはすっかり記号化された過去のジャンルとなってしまった。 もしかしたら、現在どこかの出版社で「Jホラー本」*1の企画が進行しているかもしれないけれど、それまでのつなぎのつもりでJホラーのおさらいをしておこうと思う。

2.黎明期

1988年、Jホラーの最初の作品とされている『サイキック・ビジョン 邪願霊』がリリースされる。小中千昭がはじめて脚本を手がけたこの作品はフェイク・ドキュメンタリーの体裁をとっていて、独りで観ることの多いレンタルビデオの特性を活かし、あたかも実際に心霊現象が起こったのかのような効果を上げている。心霊写真のようにぼやけて映り込む幽霊や、度重なるちょっとした怪異など、実話怪談的なリアルな恐怖演出は以降のJホラー作品に潜在的な影響を与えている。

1991年、オムニバスホラー『ほんとにあった怖い話』がオリジナルビデオとしてリリースされる。企画発案・監督はこれがデビュー作になる鶴田法男。脚本は『邪願霊』の小中千昭が手がけているため、流れからすると『邪願霊』をきっかけに脚本を依頼したように思ってしまうが、実際は鶴田が用意していた脚本をリライトしてもらうために、製作側が引き合わせたそうである。
この1作目の売れ行きの良さからすぐに続編『ほんとにあった怖い話 第二夜』がリリースされる。ここに収録されている「夏の体育館」「霊のうごめく家」での演出が黒沢清高橋洋などに大きな影響を与え〈小中理論〉と称され、実質的なJホラーの原点となった。

1992年には第3作目『新・ほんとにあった怖い話 幽幻界』、1993年には「月刊ムー」を原作にした『戦慄のムー体験』が同じスタッフで制作される。
ちなみに同名のマンガ雑誌を原作にしたこのシリーズはビデオ作品からフジテレビに場所を移し、鶴田法男をメイン監督にして現在も続いている。

1992年4月にテレビ朝日系列でオムニバスドラマ『本当にあった怖い話』(先の『ほんとにあった怖い話』とは無関係)の放送がスタート。中田秀夫が3話分(「幽霊の棲む旅館」「呪われた人形」「死霊の滝」)を監督、そのうち「幽霊の棲む旅館」「呪われた人形」の脚本を高橋洋が担当し、ここで後の『リング』コンビが偶然出会うことになる。中田秀夫は今作が監督デビューで、高橋洋はデビューではないけれど、ホラーの脚本ははじめてだったそうである。
塩田明彦脚本の「死霊の滝」と比較すると、明らかに新しいホラーを目指していることが判るが、この時点ではまだ高橋洋が目指す幽霊表現を中田秀夫と完全には共有できなかったようで、やや散漫な印象が残る。特に「幽霊の棲む旅館」におけるいくつかの試みは、そのまま『女優霊』でブラッシュアップされるため、主演が同じ白島靖代ということもあり、『女優霊』のプロトタイプとして見ることも出来る。

1994年1月から関西テレビで『学校の怪談』の放送がスタート。小中千昭がシリーズ構成をつとめた全11話のシリーズで、うち3話「花子さん」「音楽室の少女」「あの子はだあれ?」の監督を黒沢清が担当した。黒沢清はこれまでにも『危ない話 夢幻物語「奴らは今夜もやってきた」』『スウィートホーム』『地獄の警備員』などのホラー映画を撮ってはいたけれど、いずれもまだ『悪魔のいけにえ』や『死霊のはらわた』を意識したアメリカ映画的なスタイルで、〈小中理論〉の洗礼を受けてからは、今作が初のホラー作品になる。
黒沢清自身、この頃は鶴田法男と小中千昭の影響を受け真似していたと公言しているけれど、もとからの作風(長回しや小道具など)と相まって独特な空気感を生み出している。

1995年8月。フジテレビで2時間ドラマ『リング』が放送され、小説『リング』がはじめて映像化される。後の映画版より設定は原作に忠実ではあるけれど、原因や謎解きを映像で説明しすぎてしまったことにより、得体の知れない不安感や忌まわしい雰囲気はそがれてしまっている。
今作の脚本の飯田譲治は90年代のホラードラマや映画にはかかせない人物であり、このあとも『らせん』や『幻想ミッドナイト』などに携わるが、いずれもJホラーの流れで語られないのは、ホラーに対する価値観の変化を象徴しているのかもしれない。

3.短編から長編へ

1996年になるとそれぞれ活動の規模は拡がり、各自長編の作品を手がけるようになる。

『呪われた美女たち 悪霊怪談』は鶴田・小中コンビによる5話オムニバスのOV。当初は『Giri Giri Girls in 超・恐怖体験』というタイトルで、5巻に分けて発売されていた。Giri Giri Girlsの各メンバーが体験したすこしエロティックなホラーという趣で、テーマもゾンビ、吸血鬼、心霊、妖怪などバラエティに富み、小中色が強い内容になっている。演技の拙さもあって、全体的に安っぽさは否めないけれど、第4話「心霊ビデオ」でのビデオにぼんやり映り込み徐々に迫ってくる幽霊と、ヒロインに取り憑こうとのしかかる幽霊の影表現は、その後Jホラーの定番になる。

さらに同年、鶴田法男監督・脚本(共同脚本:小川智子)による初の長編OV『亡霊学級』が発売される。つのだじろうの同名コミックが原作となっているけれど、単なる映像化では無く、原作コミックをきっかけとしたメタ構造のオリジナル脚本で、つのだじろうも本人役で出演していたりとかなり凝った作りになっている。
派手なホラー描写は少ないが、思春期の少女たちのシリアスな青春ドラマと実話系ホラーの組み合わせに成功していて、『ほん怖』で試されたスタイルを長編に昇華している。そのホラー演出の手法のほとんどが後の作品に影響を与えていることを考えると、『ほんとにあった怖い話 第二夜』と並んで重要な初期作品といっていいだろう。ちなみに今作には黒沢清が「心霊写真の鑑定を依頼されたまま失踪してしまう」助教授役で友情出演していて、このエピソードも実話怪談的。

3月には中田秀夫監督と高橋洋脚本による長編『女優霊』が公開される。Jホラーでははじめての劇場公開作品となった。原案はにっかつ撮影所出身の中田秀夫によるもので、映画製作現場に対する愛があふれる丁寧なドラマ作りと、高橋洋による不吉で忌まわしいエピソードとのバランスが絶妙。クライマックスの幽霊出現シーンには賛否両論あるが、その反省がのちに『リング』で結実することとなる。

続いて4月には長編『DOOR III』が公開される。監督=黒沢清、脚本=小中千昭というありそうでなかった組み合わせの、今のところ唯一の作品。
大まかなストーリーは保険外交員(田中美奈子)が営業先で特殊なフェロモンを発する男と出会い、事件に巻き込まれるというエロティックなサイコ・サスペンスで、厳密にはJホラーでくくれないかもしれないけれど、小中千昭と組んでいる安心感からか、従来のアメリカンなホラースタイルをベースにしつつも露骨に〈小中理論〉の幽霊描写の実践をしていて、さらに小中もクローネンバーグ的世界観を盛り込んだりと、かなりカオスな、ある意味黒沢清らしい作品となっている。

4.『リング』前夜

学校の怪談』(関西テレビ)が19967月に特番『学校の怪談R』として復活し、翌19977月には第2弾『学校の怪談f』が放送される。『R』はまだ元のシリーズから引き続き、基本子供向けの作りではあったけれど、『f』以降はシリアスな本格ホラーにシフトしていて、TVドラマながらJホラーの重要作をいくつも発表している。
1話「霊ビデオ」は中田秀夫監督・小中千昭脚本の女子高校を舞台にしたリリカルな思春期ドラマ。女子高生同士の揺れ動く機微の表現が素晴らしく、録画されたビデオを通してあの世とつながるという恐怖演出もユニーク。この時点で『リング』がすでに撮られていたのかは不明だけれど、『リング』(特に冒頭)を思わせる演出がいくつも見られる。
3話「廃校綺談」は黒沢清監督・大久保智康脚本。高橋洋扮する校長の校内放送からはじまる、終始世紀末感がただよう傑作。廃校で取り壊しが迫った学校で、それまで噂で伝えられてきた都市伝説や幽霊が次々と現れてくる。生きている人間を幽霊に見えるように撮っていたり、現実の設定でありながらあの世のように感じさせたりと、今作ですでに黒沢清のスタイルが確立している。

10月には飯田譲治監修の深夜ドラマ『幻想ミッドナイト』(全11話)がテレビ朝日で放送スタート。日本作家のホラー・怪奇小説を映像化したオムニバスで、高橋洋が脚本をつとめた第5話「ゆきどまり」(原作:高橋克彦)は唯一異彩を放っているけれど、全体的には「世にも奇妙な」的なサイコサスペンスやファンタジー系。ちなみに第1話「夢の島クルーズ」(原作:鈴木光司)は、2007年に鶴田法男監督が『ドリーム・クルーズ』というタイトルでふたたび映像化している(米ドラマ『マスターズ・オブ・ホラー』の一篇)。

12月には黒沢清監督・脚本のサイコ・サスペンス『CURE』が劇場公開される。幽霊や呪いなどの超常現象が起きるわけではないので、Jホラーの中に入れてしまって良いか迷うところだけれど、日常や常識が歪んでいく演出はJホラーに共通するものであり、欧米のサイコ・サスペンスとは異質の恐怖を味わうことが出来る。また、難解になりがちな黒沢作品のなかでは、作家性と物語のバランスが良く完成度が高い作品。

CURE』のほかにも、この年にはJホラーの主要監督や脚本家が関わったサスペンス作品が立て続けに公開されていて、幽霊こそ出ないけれど、いずれもJホラーに通じる「怖さ」が含まれているので、機会があればぜひ。

復讐 THE REVENGE 運命の訪問者』監督:黒沢清、脚本:高橋洋
復讐 THE REVENGE 消えない傷痕』監督・脚本:黒沢清
『暗殺の街 極道捜査線』監督:中田秀夫、脚色:高橋洋
インフェルノ 蹂躙』監督:北川篤也、脚本:高橋洋 

5.『リング』公開

19981月に『リング』が公開される(同時上映は『らせん』)。監督は中田秀夫、脚本は高橋洋。監督と脚本は『女優霊』を観ていた原作者の鈴木光司が指名したそうで、Jホラーとしては初めての大規模な公開となった。ストーリー展開、恐怖演出、オカルト要素、人間ドラマのバランスが絶妙で、Jホラーの傑作のひとつと言って良いだろう。この『リング』の全国的なヒットにより「Jホラー」が一般的にも認知されはじめ、ブームがはじまるきっかけとなった。
「はじめに」でも書いたように、原作小説『リング』はホラーと言うよりは、当時流行っていた京極夏彦坂東眞砂子のような伝奇スリラーという印象が強かった(先のTVドラマ版はこちら寄り)。実際この映画版もストーリーの推進力となっているのは、超能力を使って設定をかなり端折ってはいるものの、ロジカルな謎解きのサスペンスである。そして、ラストでブラウン管から這い出てくる貞子の印象が強いため、Jホラー=女の幽霊というイメージがついてしまったが、幽霊はスクリーンにはほとんど登場しない。それなのに映画全体があたかも呪われたような不穏な雰囲気に包まれているのは、随所にちりばめられた実話怪談的なささいな怪異や不吉なシーン、そして繰り返し登場する「呪いのビデオ」の不気味な映像化によるところが大きく、これこそがJホラー演出の重要なポイントであることを証明している。

7月には『新生トイレの花子さん』が劇場公開される。監督は堤幸彦、脚本は高橋洋東宝版『学校の怪談』や松岡錠司版『トイレの花子さん』の流れにある子供向けのスペクタクルファンタジーでありながら、高橋洋脚本だけあって、冒頭の心霊写真をはじめ随所に不気味なJホラー表現が差し込まれている。本格ホラーと子供向けの間のような作品。

9月には特番『学校の怪談G』(関西テレビ)が放送される。
2話「片隅」、第3話「4444444444」の監督・脚本は清水崇。どちらもブリッジ的な3分の短編で、この作品がデビュー作となった。伽椰子と俊雄の原型が登場していて、のちの『呪怨』の1ピースとなる内容。初期Jホラーのスタイルを踏襲しつつも、次世代を予見させる新しい表現に踏み込んでいる。

4話「木霊」は黒沢清監督・高橋洋脚本、原作は網野成保の短編マンガ。透視能力があると自称する女生徒が能力を証明するために、校内に隠れた生徒を言い当てるゲームを始めるが、隠れた生徒や教師までもが次々と“木霊”に取り殺されていくという意欲的な内容。『リング』がブレイクした直後ながら、こちらも新しいJホラー表現を模索していて、のちの『降霊』や『回路』につながっていく。

参考資料:

ホラー映画の魅力小中千昭(2003)

ユリイカ臨時増刊 総特集=怪談(1998)

黒沢清の映画術黒沢清(2006)

映画の魔高橋洋(2004)

寿恩清水崇(2005)

Invitation〈特集:ホラー映画嫌いのためのホラー映画入門〉(2004.4)

ほん怖 18年の歩み/鶴田法男 website(WEB)

『案山子』鶴田法男監督インタビュー /日本映画街フォーラム(WEB)

 

*1: とか書いていたら、2014年3月に本当にJホラー本「Jホラー、怖さの秘密」が発売された。素晴らしい内容なので、もはやこの記事の意味もあまりなくなってしまったけれど、個人的なJホラー史観としてぼちぼち続けていきます。[2014.10.8 追記]